横浜 アイスクリーム物語
アイスクリーム発祥の歴史あいすくりーむ発祥イベント現代によみがえる“あいすくりん”
横浜は、来年2009年6月2日に開港150周年を迎えます。 1859年に横浜に港が開かれて以来、外国からの人・文化・技術など、様々なものが横浜を玄関口として日本全国に広まりました。開国の影響で、日本人の生活に生まれた変化のひとつが『食』でした。横浜では、貿易商人や居留地に住む外国人によって、いち早く多くの西洋の食文化が紹介され、浸透していった歴史があります。 横浜グルメナビでは来年の横浜開港150周年に向けて、ここ横浜から日本全国に広まった食べ物を歴史と共にご紹介して行きます。 第1回目はアイスクリームです。
アイスクリーム発祥の歴史

日本のアイスクリーム発祥の地といわれている横浜・馬車道。
そのアイスクリームが初めて製造・販売されたとされる5月9日は、社団法人日本アイスクリーム協会が『アイスクリームの日』としてこの日を中心に馬車道はもちろんの事、全国各地で各種イベントが開かれています。
現在、日本はアメリカに次ぎ世界第2位のアイスクリーム消費国といわれています。

日本人とアイスクリームの出会いは横浜開港の翌年、万延元年(1860年)に、日米修好通商条約批准のため、徳川幕府が派遣した使節団が訪問先のアメリカで食べたのが最初というのが定説になっています。使節団一行の一人である柳川当清の『柳川日記』には次のように記されています。
「珍しきものあり、氷を色々に染め物の形を作り、是を出す。味は至って甘く、口中に入るるに忽ち溶けて、誠に美味なり。之をアイスクリンといふ。」見たことのない美味なお菓子に感嘆した様子が伺えます。

横浜馬車道で『あいすくりん』誕生 〜アイスクリームの父町田房蔵〜

咸臨丸で渡米した勝海舟に私淑して、赤坂氷川町に住居を構えたと伝えられる町田房蔵は、開港後間もない明治2年、横浜馬車道(現在の中区常磐町5丁目の「氷水屋」で日本で最初のアイスクリーム『あいすくりん』の製造販売を始めました。
日本初登場という事で、シャーベット風のアイスクリームを当時の人々は珍しそうに眺めるだけで、買って行くのは散歩途中の外国の方ばかりだったようです。
「横浜沿革誌」(明治25年刊)によると、『あいすくりん』は1杯金二分で販売したと書かれています。金二分は当時の女子行員の約10日分の給料に相当するそうで、高額だったのと、当時の日本人のほとんどがアイスクリームを知らなかったせいでこの時の房蔵の新商売は残念ながら失敗に終わったそうです。
その後、木桶など日本式の器具を工夫して使い、まがりなりにもアイスクリームを製造販売した房蔵は、わが国の“アイスクリームの父”といえましょう。


かつての馬車道の風景

アイスクリーム発祥記念として昭和51年に設置された「太陽の母子像」札幌出身の彫刻家、本郷新がアイスクリームの原料のミルクから連想して、母乳で子供を育む母のイメージで制作した
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