横浜市中区
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蕎麦處 東京庵
横浜市中区に店を構える「日本そば 東京庵」は、地元の方々に長年愛され続けている老舗の蕎麦店です。
住所:横浜市中区野毛町2-59-4 1階
駐車場 なし
電話番号:045-231-7783
アクセスJR桜木町、関内駅・京急「日の出町」より徒歩6分
営業時間 11:00~翌6:00
定休日 無休 -
〆蕎麦 千花庵
桜木町駅チカ!こだわりの〆蕎麦と日本酒を愉しむ「〆蕎麦 千花庵」蕎麦と厳選された日本酒をじっくりと味わいたい方にぴったりの隠れ家的な蕎麦処です。
住所:横浜市中区桜木町1丁目1−7 7階
駐車場 なし
電話番号:045-664-7350
アクセス:JR「桜木町」駅より徒歩5分
営業時間:11時00分~15時00分、17時00分~23時00分(蕎麦がなくなり次第終了)土日:11時00分~23時00分
定休日 無休 -
板そば 蒼ひ
こだわりの「板そば」と手打ちそば
店名にもある通り、山形県村山地方に伝わる「板そば」が名物です。一般的なそばとは一味違う、独特の食感と風味を楽しめますよ。住所:横浜市中区相生町4-66 第15須賀ビル1階
駐車場 なし
電話番号:045-212-1138
アクセス:JR「関内」駅より徒歩4分
・みなとみらい線「馬車道」駅より徒歩3分
営業時間【月~金】11:30~14:30(L.O)/17:30~22:00(L.O)【日・祝】11:30~21:00(L.O)
定休日 不定休 -
七福 志な乃 (しちふく しなの)
伝統を守る手打ち蕎麦
蕎麦は、熟練の職人が毎日丁寧に手打ちしています。蕎麦本来の風味と喉越しを大切にした、飽きのこない味わいが特徴です。住所:横浜市中区住吉町3-31
駐車場 なし
電話番号:045-681-4055
アクセス
電車 JR「関内」駅より徒歩5分
営業時間 11:00~15:20/17:00~20:20
定休日 日曜日・祝日 -
手打ち蕎麦切り 海望(うみ)
「海望」の蕎麦は、石臼挽きの蕎麦粉を使用しているのが最大の特徴です。蕎麦本来の豊かな香りと風味、そしてしっかりとしたコシを存分に味わえます。
住所:横浜市中区本牧町2-367
駐車場:なし
電話番号:045-623-0705
アクセス・JR根岸線「根岸」駅「石川町」駅より、「小港」バス停下車徒歩1分
営業時間:11:30~14:00(L.O.13:45)
17:30~21:00(L.O.20:30)
定休日:月曜日(祝日の場合は、翌火曜日)
蕎麦
穀物のソバの実を原料とする蕎麦粉を用いて加工した、日本の麺類の一種、およびそれを用いた料理です。
単に「蕎麦」と呼ぶ場合、通常は蕎麦切りを指し、中華そばなどと区別して日本蕎麦とも呼ばれています。
歴史は古く、寿司、天ぷらと並ぶ代表的な日本料理です。
蕎麦の調味として作られるつゆは、地域によって色・濃さ・味になどに明らかな違いがあり、その成分も各地によって好みが分かれています。
蕎麦には皿やざる、蕎麦蒸籠などが用いられ、蕎麦つゆには蕎麦徳利と蕎麦猪口が用いられることが多いです。
また、汁を張った丼に蕎麦をいれて提供するものもあります。
蕎麦は専門店のみならず、外食チェーンなどのメニューにも載っており、小売店などでも麺が乾麺または茹で麺の状態で販売され、カップ麺としても販売されています。
蕎麦の歴史
日本のそばも、元をたどれば大陸伝来の食べ物です。
植物のソバの原産地は、DNA分析などから、中国雲南省からヒマラヤあたりにかけてという説が有力になっています。
日本でソバの栽培が始まった時期は、かなり古くまでさかのぼれます。
縄文時代にたどり着くとも言われています。
高知県内で9000年以上前の遺跡からソバの花粉が見つかり、当時からソバが栽培されていたと考えられているのです。
さいたま市岩槻区でも3000年前の遺跡からソバの種子が見つかっています。
縄文時代は、日照り続きで稲の収穫が見込めない中、普通より遅く実る晩禾とよばれる稲や小麦とともに、ソバの栽培が推奨されました。
蕎麦は、日照りや冷涼な気候にも強く、栽培する土地もさほど選ばないため、凶作の時も収穫が見込める救荒作物として位置づけられました。
縄文時代に栽培が始まったソバですが、主食になるのはずっと後のことでした。
最大の理由は、大量の製粉が難しかったことです。
縄文時代は摺り臼、弥生時代には搗き臼があったものの、こうした原始的な方法での製粉は多大な労力が必要なため、
大量生産することなく、粒のまま粥にしたり、蕎麦粉を蕎麦掻きや、蕎麦焼きなどにしました。
鎌倉時代になり、中国から挽き臼が伝来すると、挽き臼によって大量の製粉が可能になったため、そばや小麦などの粉食が急速に普及したようです。
蕎麦粉を麺の形態に加工する調理法は、16世紀末あるいは17世紀初頭に生まれたといわれています。
蕎麦切りという形態が確立されて以降、江戸時代初期に寺院などで「寺方蕎麦」として蕎麦切りが作られ、茶席などで提供されました。
17世紀中期以降に、蕎麦は江戸を中心に急速に普及し、日常的な食物として定着していきました。




